Appendix 1  パイエルス転移
f-denshi.com  更新日:05/05/02
ポリアセチレンは構造式、-(CH=CH)n- で表される高分子化合物で、理想的な電子伝導体になり得るπ電子の1次元配列(共役系)をもっています。しかしながら実際のポリアセチレンは絶縁体に近い半導体です。これは、(絶対零度における)電子エネルギー準位と原子核の格子振動であるフォノンのエネルギー準位とが相互作用して、パイエルスの歪みと呼ばれる格子ひずみをともなった低エネルギー準位が出現することに原因があります。例えるならば、2つの水素原子(=2つの水素原子のエネルギー準位)が相互作用して、水素分子(分子軌道のエネルギー準位)を形成するように、電子のエネルギーと格子のエネルギーという2種のエネルギー準位が相互作用して、より安定なエネルギー準位を形成すると考えると良いでしょう(下図)。共役低分子化合物であるならば,電子エネルギー準位差は可視,紫外線のエネルギー領域にあって,赤外線領域にある格子振動 (熱エネルギー) と相互作用 (=エネルギーの可逆的な交換) することは容易ではありません。つまり,熱(フォノン)を吸収して電子遷移が起こり,励起状態となるようなことは,まず起こりえないということです。ところがポリアセチレンのような共役高分子化合物になると,電子エネルギー準位差は赤外線のエネルギー領域に低下し,格子振動との相互作用が可能となります。

この相互作用の結果、等間隔であった1次元格子は下に示すような格子の2倍周期の変調、すなわち、結合の交代性が発生します。球対称な電子分布が歪んで分子軌道ができるように、左右対称であったフォノン振動(の変位)が歪んだ場合は、左右の振幅が不揃いになるのです。

ここでは、その結合の交代性の出現によってどのように電子構造が変化するのか定性的に理解しましょう。

1.一次元自由電子と周期ポテンシャルとの相互作用

[1] 一般論として、周期的なポテンシャルの中を進む自由電子のとりうるエネルギー値には禁制帯と呼ばれる電子がとりえないエネルギー領域が存在することを説明しましょう。  それは、

(1)並進運動している電子は進行する波動として性質をもっている。 =物質波(電子線)
 参考1. 自由粒子の波動関数は平面波(進行波) exp( i kx ) で表される [#]

ことに原因があります。つまり、X線と同じように

(2)電子(電子線)は周期的なポテンシャル(=結晶格子)によって回折を受ける。[ブラッグ反射
 参考2 X線回折の原理 [#]

のです。回折条件を満たすX線が結晶中に深く進入できずに回折されるように、

(3)回折条件を満たす電子も結晶内部に存在することができない。

のです。これが固体中の(自由)電子エネルギーに禁制帯(エネルギーギャップ)ができる理由です。

[2] 格子定数 a を持つ1次元結晶の場合は、X線回折の原理で説明したのと全く同じ数学的導出によって、

電子線の波数 k が π/a の整数倍であるときに回折を受ける。[#]

そして、これに相当するエネルギーを持って並進運動する自由電子は存在しないのです。

2.ギャップのエネルギー幅

[1] 平面波に代わる自由電子のシュレーディンガー方程式 [#] の解として、互いに逆方向に進む平面波の重ねあわせから作られる定在波、

exp(ikx) + exp(-ikx) ⇒ cos(kx) 〜 cos(mπ/a)≡ψa
exp(ikx) − exp(-ikx) ⇒ i sin(kx) 〜 sin(mπ/a)≡ψb

が、回折条件: k =mπ/a における解となります。 ( ↑結晶の対称性を考慮して係数は決めている。 )

この定在波の電子密度はそれぞれ、|ψa2、|ψb2 で与えられ、前者は原子核の位置に、後者は原子間の位置に高い確率で電子が存在するような分布になっています。そしてこの2つの状態に対応する電子エネルギーは偶然の一致を除けば異なるのが普通です。つまり、k =mπ/a においては、電子は異なるエネルギー値をとる2つの「状態」が存在し、この差をエネルギーギャップとみることができます。

[2] 

[パイエルスの金属−絶縁体転移の説明]
  以上の予備知識のもとで、ポリアセチレンの一次元に並んだπ電子系のバンド構造の概略を考えてみましょう。

自由電子の供給源が炭素のπ電子(pz-原子軌道)なので、炭素一つあたり一つの電子が供給されます。また、自由電子のバンド構造 E(k) は、原則的に

E 〜 k2

にしたがいますが、電子線が回折条件を満たす、k=π/a において2つの異なるエネルギー値が存在するように、第一ブルリアン帯と第2ブルリアン帯との境界付近で歪んでいます(下図参考)。

[2] このようなバンド構造における格子定数 a と、第一ブリルアン帯に収容されている電子数ですが、これは炭素原子が等間隔でならんでいる場合と結合交代が生じている場合とでは異なってきます。

(A) 等間隔に炭素原子並んでいる場合には格子定数 a はその炭素間距離 a に等しく、そこへ電子1つが収容されることになります。第一ブリルアン帯(バンド)には2つの電子が収容可能なので、このバンドには半分の電子が満たされ、この電子状態では、ポリアセチレンは金属性を示すはずです。

(B) ところが、電子系と格子のフォノンとの相互作用によって結合交代をもつ現実のポリアセチレンでは、格子定数は2つの炭素-炭素結合を満たす a1+a2a' となっています。すると、第一ブリルアン帯には2つの炭素原子から2つの電子が供給されていることになります。そして、このバンドは2つの電子で満たされた電子構造となり、結局、ポリアセチレンは絶縁体(半導体)となるのです。

(A)

注意: ほとんどの教科書では、上図(C)のように

a'=a1+a2=2a

という記号を使って説明しています。 ここで a と a を混同すれば、あたかも(A)のバンドの中央にギャップが出現したように解釈できます。 しかし、現実には存在しない炭素原子が等間隔で並んだ架空のポリアセチレンの a とは一体何なのだろうかという疑問がちょっと残る?。

注意2

電子-格子相互作用以外の原因で結合交代が生じることもあります。例えば,異種原子の架橋構造によっても,π電子共役系の結合交代は安定化されます。ポリチオフェンの構造は,イオウ原子の架橋によってポリアセチレンの結合交代が安定化されている構造とみなすことが可能です。実際,ポリチオフェンは可視領域に吸収を持つ半導体です。


[目次]