グラフェンシートの電子構造(計算)
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カーボンナノチューブの電子構造を求めるための準備です。

1.グラフェンシート[グラファイト1枚]の電子構造・電子状態

(1) 基本格子・逆格子ベクトルの座標

[1]グラファイトは,ベンゼン環が平面上に並んだグラフェンシート(Graphene sheet)と呼ばれる巨大平面分子が積み重なった(スタッキングした)構造をとっています。ここでは1枚のグラフェンシートのπ電子共役系の電子構造(バンド構造)をLCAOを用いて計算して見ましょう。

グラファイト

まず,計算に用いる座標系を設定しましょう。 xy 平面内に広がっているグラフェンシートを考えます。上図(中)のようにある一つのベンゼン環の中心に座標原点Oをおくと,グラフェンシートは z軸のまわりに6回回転対称性をもつことになります。言うまでもありませんが,正六角形の各頂点に炭素原子があります。そして基本単位格子ベクトルとして図中のa1a2 を選ぶのが自然で,その中に2つの炭素原子(π電子)A,B を含みます。また,これらに対応する逆格子ベクトル[#]は右図(スケール1/2π)b1b2となります。

a1
3 a
a
2
2
a2 0,a
b1
3 a
,0
b2
−2π
3 a
a
基本格子の基底ベクトル 逆格子の単位ベクトル
基本単位格子(Primitive cell )とその逆格子

ここで,|a1|=|a2|=a, および, 

a1b2a2b1= 0
a1b1a2b2=2π

なる関係が成り立っています。

[2]ついでに基本単位格子に基づいた斜交座標系ではなく,バンド構造を E(kx,ky) のように逆格子空間の直交座標系に基づいて表すときに必要となる次のようなベクトルも定義しておきましょう。後で計算に使います[#]。     (最初の図を参照してください。)

a'1
3 a
,0
a'2 0,a
b'1
3 a
,0
b'2 0
a
a'1b'2a'2b'1= 0  
a'1b'1a'2b'2=2π

(2) シュレーディンガー方程式とその解 ( =バンド構造 )

[3] さて,グラフェンシートのπ電子系のシュレーディンガー方程式を解きましょう。

Hψ=Eψ

ここでグラファイト構造の平面内での周期的な対称性から,π電子系の全波動関数ψはブロッホ関数[#]でなければならず,また,原子波動関数χの線形結合で表されるものを考えていきます[LCAO近似]。このとき,見通しよく計算を進めるために,原子波動関数を基本単位格子の原子A と原子B のどちらに対応するかで(最初の図参照),2つのグループに分けして,

ψ=λ1φ1+λ2φ2 
φ1 Σ
A
exp(i krA)χ(rrA)     [Aグループ]
φ2 Σ
B
exp(i krB)χ(rrB)     [Bグループ]

と記述することにしましょう。ここで,和記号,ΣA,ΣB は,原子A,または B ,それぞれに対応する原子すべてについての和をとることを意味します。

[4] これらをシュレーディンガー方程式に代入して,次のような記号の置き換え,

H11 φ1*Hφ1dV    : H22 φ2*Hφ2dV
H12 = H*21 φ1*Hφ2dV
S ≡ φ1*φ1dV φ2*φ2 dV=N  (全部で2N個の原子が存在)

強結合近似[tight binding approximation][#],

χ(rrA )χ(rrB )dV=0  ⇒  φ*1φ*2 dV=0

を行うと,永年方程式,

  H11 − E S H12   =0
H21 H22 − E S

が得られます。( このへんの計算はエチレンの分子軌道計算を参照のこと ⇒ [#] ) これを解くと,

E =
1
2S
H11+H22±
(H11 − H22)2+4|H12|2

さらに,H11 = H22   として記号を置き換えると,

 置き換え h11≡H11/N=H22/N 
h12≡H12/N          (S=N に注意)
E =h11±|h12|

となります。

[5] h12 の計算です。

h12 φ1*Hφ2 dV/N
1
N
Σ
A
exp(−i krA*(rrA ) H Σ
B
exp(i krB )χ(rrB )dV
1
N
Σ
A
Σ
B
exp(i k ・(rBrA )) χ*(rrA )Hχ(rrB )dV   ・・・・[*]

この積分の中身は,最近接の原子どおしの計算以外では0 とする近似,具体的には,下図に示すような

rBrAB1B2B3

のときだけ 0 でない値をとるとします。


一番最初の図と比べて原点の位置を
ずらして書いています。  ⇒

B1=   a'1 / 3
B2
3a'2a'1
6
B3
−3a'2a'1
6

このとき,[*]の積分値は,構造の対称性からどの場合も同じで,その値を,

γ0 χ*(rrA )Hχ(rrB )dV,  AとBは最隣接

とおきます。

[6] 一方,直交座標系で,波動ベクトル(kx,ky)は,

k =kx  b'1 + ky
b'2
|b'2|
|b'1|

と定義されます。すなわち,

k =kx
3 a
b'1+ky
a
b'2

と書くことができます。

[7] ある原子Aに着目して,[*]式の積分値が0でない値をとるときの係数の計算は,

 B1k =(a'1/3 )・ kx
3 a
b'1+ky
a
b'2 kx
3 a
a'1b'1
3・2π
      = kx a
3
B2k
3a'2a'1
6
kx
3 a
b’1ky
a
b'2 =−kx
3 a
a'1b’1+ky
a
2・2π
a'2b'2
6・2π
          = −kx a +ky
a
2
  ↑ 符号間違い訂正しました(15/11/13)
2 3
B3k −kx a −ky
a
2
2 3

となることに注意すれば,原子Bについて和をとった後の exp(2πi k ・(rBrA )) は,

exp i kxa +2cos kya ・exp i kxa
3
2
2 3

となり,rA を含まない式となります。

[8] 引き続き,[*]で原子A についての和をとることはN倍するだけなので,

 h12 exp i kxa +2cos kya ・exp i kxa ・γ0
3
2
2 3
|h12|2 =h*・h
       =γ02 1+4cos kya cos
3 kxa
+4cos2 kya
2 2 2

となります。したがって,(kx,ky)におけるエネルギーは,

E(kx,ky)=h11±γ0

 1+4cos kya cos
3 kxa
+4cos2 kya
2 2 2

これが graphene sheet のバンド構造の理論式 です。その様子を下に描きます。

K点のみで価電子帯と伝導帯が接触している特長的なバンド構造をとっています。そのため一般的な2次元の電子構造では,フェルミ線となるべきところなのが,フェルミ点となっています。


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h11 φ1*Hφ1 dV
    =
1
N
Σ
A
exp(−2πi krA*(rrA ) H Σ
A’
exp(2πi krA’ )χ(rrA’ )dV
  =
1
N
Σ
A
Σ
A’
exp(2πi k ・(rA’rA )) χ*(rrA )Hχ(rrA’ )dV