Appendix 2 気体の膨張
f-denshi.com  [目次へ] 更新日:08/04/02     08/05/21 ページタイトル変更しました
  気体が自発的に膨張する不可逆現象について考えます。地表で暖められた空気(水蒸気)が上昇すると冷却され,雲(水滴)となることはよく知られています。つまり,気体の(1)体積が膨張し,(2)圧力が低下すると,気体の温度は下がるのです。このような冷却効果を熱力学では,広い意味でジュール・トムソン効果と言い,クーラーや冷蔵庫の作動原理ともなっています。どのような理由で温度が降下するのか,議論が簡明になるような2つの条件設定のもとで考察してみましょう。

1.ゲイリュサック・ジュールの実験 

[1] 断熱自由膨張と呼ばれる現象を調べたゲイリュサック・ジュールによる実験です。2つの断熱容器の一方に気体を満たし,もう片方は真空にしておきます(右図)。そしてその間にあるコックを開放し,気体が不可逆的に両容器の中に一様に広った後,気体温度を測定してその変化を調べます。結論としては,理想気体や希薄気体ならば,温度は不変かほぼゼロであるのに対して,実在気体では温度が少し低下します。その理由を理論的に考えて見ましょう。まず,

∂T ∂V ∂U  = -1 [#] ,および, Cv= ∂U  [#]
∂V U ∂U T ∂T V ∂T V

を用いると,内部エネルギー一定の下での気体温度の体積依存性は,

∂T =- ∂U 1
∂V U ∂V T Cv

で与えられます。ところが,Appendix0 で導いたように,

∂U  =Tγp-P
∂V T

なので,

∂T P-γpT
∂V U Cv

と実測可能量で書き表すことができます。これが断熱自由膨張における温度の体積依存性を与える一般式です。

[2] 特に気体が理想気体ならば,

γp P
T

なので[#]

∂U =0  , および, ∂T =0   [理想気体]
∂V T ∂V U

であることがわかります。

[3] 一方,ファンデルワールス気体のときは,その状態方程式 (P+a/v2)(v-b)=RT をv=一定の下,Tで微分して,

∂P (v-b)=R
∂T v

これより,

P-γpT = P- ∂P T = P- RT
∂T v v-b
         =- a
v2

まとめると,

気体体積の自由膨張によって,

∂T
∂V U
0           ・・・   理想気体
a
Cvv2
<0 温度降下 ・・・ ファンデルワールス気体 (Cv>0の範囲で)

これらは内部エネルギーを一定に保つ断熱自由膨張によって,理想気体では温度変化が起こらないこと。および,ファンデルワールス気体では,断熱自由膨張によって温度が降下することを示しています。実在気体においても断熱自由膨張による温度降下が観測され(当初の実験ではほとんど0だったらしい),ここでもファンデルワールス気体モデルの優秀さに関心させられます。実在気体のこの温度降下の分子論的な説明は,

(1) 膨張するにしたがい平均分子間距離が大きくなり,分子間に働くファンデルワールス引力(凝集力)に起因するポテンシャルエネルギーが増加する。
(2) その際,内部エネルギーが一定であるならば,その増加分だけ分子の平均運動エネルギーは減少する,すなわち,温度が降下する。
(3) その温度降下は分子間引力が大きい分子ほど急激である。

ということになります。ただし,地表付近から上空(真空の宇宙)へゆくほど気温が下がるのは,重力や熱伝導などの影響もあってかなり複雑,次のジュール・トムソンの実験の方が現実に則しているかも。


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.ジュール・トムソンの実験

[1] 今度は断熱容器Aから断熱容器Bへごくわずかずつゆっくりと,気体が一方的に一定速度で漏れているときの気体温度変化について考えます。 すなわち,容器A の圧力を P1,温度を T1 に保ち,容器B の圧力 P2 (<P1)を変えながらその温度T2を測定することで,漏れ出した気体温度変化の圧力依存性,ΔT/ΔP を実測するのです。ここで,不可逆過程は2つの断熱容器の接合部分Cだけで起こっており,他の部分A,Bやピストンの動きは準静的に変化するものと仮定します。すると,容器A,Bの部分を十分大きくとってやることで,不可逆変化の起こるCの部分の寄与を無視することができ,この実験系を可逆的な系して解析することが許されます。

まず,この実験が等エンタルピー変化の下で行なわれていることを示しましょう。1モルの気体がA からB へ流れたとき,このときの全系の内部エネルギーの変化は,Aの失われた1モルの気体が受けた仕事からBに流入した1モルの気体がした仕事を差し引いたものに等しいので,

u2-u1 = P1v1-P2v2

もしくは,

u1 + P1v1 = u2+P2v2  h1 = h2

でなければいけません。これは1モルの気体が容器AからBへ流れ出た際,エンタルピーが保存されることを示しています。このようにエンタルピーが保存されるような気体の膨張をジュール・トムソン膨張といいます。

[2] さて,ここからが本題。HをT,Pの関数とみなして成り立つ,

∂T ∂P ∂H  = -1 [#] CP ∂H  [#]
∂P H ∂H T ∂T P ∂T P

を用いると,

∂T =- ∂H 1    ・・・ [*]
∂P H ∂P T CP

ところが,全微分,dH = TdS+VdP [#] とマクスウェルの関係式(16)[#],および,熱膨張率:β[#] をもちいて,

∂H  = T ∂S +V = -T ∂V  +V = -TVβ+V = -(βT-1)V
∂P T ∂P T ∂T P

したがって,

∂T (βT-1)V  ≡ μJ  [ ジュール・トムソン係数 ]
∂P H CP

(ここで,Cpがモル比熱ならば,Vはモル体積vですが,実務でよく使われる容積比熱[J/(m3K)]ならば,V=1として落します。)

この結果から,理想気体では β=1/T [#]なので,ジュール-トムソン係数と呼ばれる μJ は常に0 です。

一方,実在気体では,一般に,

μJ > 0  (低温領域) ← 圧力が減ると温度が降下する
μJ < 0  (高温領域)

となります。また, μJ = 0 となる温度Tr逆転温度といいます。このような逆転温度が存在する分子論的な理由は,高温では分子間の反発が支配的なのに対して,低温では分子間の引力が支配的であることによります。つまり,高温領域では温度一定の下で気体が膨張し,圧力が低下すれば,平均運動エネルギーが一定のままポテンシャルエネルギーだけを失うことになり,エンタルピーが減少します。すなわち,(∂H/∂P)T>0 であり, μJ<0 となっています。低温領域ではそれとは逆の状況が生じています。

ファンデルワールス気体でもこのTrが存在することを確かめられます。そして,気体圧力の低下によって温度が上昇する領域の存在理由は,ジュール-トムソン係数には凝集力(パラメータa)だけでなく,排除体積効果 (パラメータ b) も寄与するからだとわかります。圧力の高くない条件では,Tr=2a/Rbです。 (演習問題) ここで,反発を表すb が0 であるならば,Tr=∞ となり,高温領域は現れません。

ところで,前半で議論したファンデルワールス気体の断熱自由膨張に関しては,なぜ,逆転温度が存在しないのかと疑問を持つ方もいるのではないかと思います。その回答を述べておくと,数学的には,Cvが負である領域が気体の断熱自由膨張に伴って温度が増加する,ジュール・トムソンに実験における高温領域にあたることがわかります。ただし,Cvが負である気体状態は,次のページで述べるように熱力学的に安定ではありません[#]。したがって,気体の自由膨張による温度上昇を観察することは普通ではありえないのです。また,前ページで見たようにファンデルワールス気体が不安定領域を持つようになる臨界温度は,Tc=8a/27Rb です。すなわち,ジュール・トムソン係数の逆転温度と,Tc=(4/27)Trという関係があり,この臨界温度が逆転温度に対応すべきものとわかります。なお,(∂T/∂V)U=0となる条件は, Cv=∞ で,これはいくら系に熱を与えても温度が上がらない状態,すなわち相転移点であることもわかります。「負の比熱」については天文学の重要な話題の一つであるようですが,私はその専門ではないのでネット上で検索して見て下さい。面白そうな話がたくさん見つかります。

エアコンや冷蔵庫に使われる冷媒は,この逆転温度が(室温より)高いものを用いて,μJ>0 の領域で圧縮した冷媒を急激に開放することで,低温度を得ています

まとめると,

気体圧力の低下によって,
∂T
∂P H
= 0    ・・・   理想気体
> 0  温度降下 (低温領域)   ・・・ファンデルワールス気体
< 0  温度上昇 (高温領域)

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